第63回青少年読書感想文全国コンクール
内閣総理大臣賞受賞作品
つながりの中で今を生きる
秋田県横手市立横手北中学校 三年 伊藤 紬
ひんやりとした感覚が、胸の奥に広がってくる。母親と姉のシルヴィを失ったジュールズ。ジュールズの父親のチェス。シルヴィという親友を失ったサム。そして、戦場で相棒を失ったエルク。悲しみは、川波のように時に静かに、時に激しく、残された者の心に打ち寄せる。重苦しい気持ちで読み進む私の心も、暗く冷たくなっていった。
「シルヴィ以後」の生活は、ジュールズには辛く悲しい日々だった。シルヴィが、奈落の淵に行くのを止められなかったことで、自分を責め続けるジュールズ。胸を裂くような後悔と喪失感が、私の心にも痛いほどに突き刺さる。私は、ジュールズの心が少しでも癒されることを、祈ることしかできなかった。
そんなジュールズを救ったのは、子ギツネのセナだった。セナは、シルヴィの魂を宿して生まれた特別なキツネとなって、ジュールズの前に現れた。そして、ジュールズを見守り、悲しみを和らげ、最後には身代わりとなってジュールズの命を助けた。深い悲しみの淵からジュールズを救ったのは、最愛の妹を守ろうとするシルヴィの強い想いだったのだ。
最初私は、シルヴィを身勝手だと思っていた。理由も言わずに、速く走ることに夢中になり、妹を置きざりにして命を落としたわがままな姉だと。シルヴィの行動によって、ジュールズは、心に大きな傷を抱え、周りの全ての人が悲しむことになったからだ。
しかし、それは違っていた。母親を目の前で亡くした時、シルヴィは、「もっと速く走っていれば母を助けられた」と、自分を責め、もう二度と家族を悲しませないと誓った。シルヴィが走り続けたのは、愛する妹や父を守るためだった。シルヴィはどんなに苦しんだことだろう。けれどもシルヴィは、その苦しさを誰にも明かさず、家族のために全力で走り続けた。シルヴィの固い決意と家族を思う優しさに、私は強く心を打たれた。
探し続けた石の洞窟の中で、ジュールズは、シルヴィが残した願い石を見つけ、シルヴィが走り続けた理由と自分への深い愛情を、初めて知った。シルヴィからの愛は、ジュールズにとって何よりも心を癒し、生きる力を与えてくれるものだった。ジュールズはこれから、思い出の中に生きるシルヴィと、心を寄せ合って、前向きに自分らしく生きていくことだろう。ジュールズの未来に、柔らかな光が差し込むのを感じ、冷たかった私の心も、じんわりとあたたかくなった。
奈落の淵に投げ入れると、願いが叶うという願い石。その石に託された?燃えるように熱い?切なる願いには、大切な人への愛があふれていた。それぞれがお互いを思いやり、愛を与え合い、悲しみを分かち合いながら生きている。命は、そんなあたたかいつながりの中にあること。そして命は、大切な人と重なり合っていることを、ジュールズたちは教えてくれた。
それは、私も同じことだ。両親、四歳下の妹、祖父母、友達。私の命も、たくさんの人と重なり合い、つながっている。今まで考えることもなく生きてきたが、つながりの中でたくさんの愛に包まれて同じ時間を過ごすことが、どんなに幸せで素晴らしいことかを、知ることができた。そして、私が今、幸せに生きていることが、私とつながる人の喜びになり、支えになっていることにも気付いた。だとすれば、私は、決して命を粗末にしてはいけないし、周りの人を悲しませるような生き方をしてはいけないと、深く胸に刻んだ。
本を読み終えて、静かに目を閉じた私の心に浮かんだのは、「今」を精一杯生きるという言葉だった。私は、これまで自分の死を意識することなく生きてきた。命に限りがあることは知っていても、だからと言って具体的に何か行動をしているわけでもない。そんな私には、十二歳という若さで命を落としたシルヴィの死は、強い衝撃だった。命がいつ尽きるかは、誰にも分からない。今日と同じように明日があることは、約束されていないことを思い知らされた。けれどもシルヴィは、短い一生を全速力で駆け抜け、残された人たちに、一つの命の重さと、生きることの尊さを教えてくれた。そんなシルヴィの生き方から、与えられた「今」という大切な時間を、精一杯生きることが、私たちにとってとても大切なことだと学んだ。
私はどうだろう。私は、全力で「今」を生きているだろうか。時間を無駄に使い、やるべきことを先延ばしにすること。失敗するとくよくよ悩み、次の挑戦を諦めること。振り返ると、力を出し切ることなく日々を過ごしている自分の弱さが、浮き彫りになる。
私も、シルヴィのように「今」を精一杯生きてみよう。二度と来ないかけがえのない日々を、後悔で終わりたくはない。あたたかいつながりの中で生きている幸せを忘れず、今自分がやるべきことや、やりたいことに、自分なりの精一杯の力で取り組んでいきたい。
キャシー・アッペルト&アリスン・マギー・著 吉井知代子・訳
「ホイッパーウィル川の伝説」(あすなろ書房)