編者 松田哲夫の言葉
私は、このアンソロジーを編集するにあたって、最初は、小中学生が読むということを意識していました。 でも、さまざまな作品を読んでいくうちに、そういう枠をはめずに自由に作品を選びたいと思うようになりました。 なぜなら、文学というものは本来、あらゆる制限から自由なものであり、そこに価値があるからです。もちろん、本格的な文語体など、脚注やルビを充実しても理解しにくい作品はあるでしょう。そこで、最終的には小中学生だったころの自分を思い出しながら、いま読んで面白いと感じられる作品、作者の発したメッセージがしっかり伝わってくる作品だけを選びました。 その結果、「毒もみの好きな署長さん」(宮沢賢治)、「土佐源氏」(宮本常一)、「鉄路に近く」(島尾敏雄)といった、教科書には決して入ることがないような作品も目次に並びました。これらの作品には道徳的ではないエピソードも書かれています。それだけで、子どもたちに読ませることをためらう人もいるでしょう。 でも、これらの物語の核心にはきわめて純粋なものがあり、生きていく上でとても大事なことを問いかけています。したがって、これらの作品を通して作者が伝えようとしたことは、年若い読者にもまっすぐに届くはずです。選び抜かれた文学作品には、そういう力が秘められている。 私は、そう信じています。 <プロフィール> 1947年、東京生まれ。 筑摩書房の書籍編集者として「ちくま文庫」「ちくま文学の森」「ちくま日本文学全集」「ちくまプリマー新書」を創刊。
小川洋子さん「ああ、これを、 子供の頃の私に読ませたかった」 と、つい独り言をつぶやいてしまう本と出会うことが、時にある。そう思わせてくれる本は、どれも例外なく素晴らしい。 小鹿のようにやせっぽちで、黒々とした濁りのない瞳を持っていた遠い昔の自分に、もしこの本を届けられたら……。 きっと私は、そんな幸福な想像に浸りながら、アンソロジーのページをめくることになるだろう。
上橋菜穂子さんなんと容赦のない、 なんと爽快なラインナップだろう。 「中学卒業までに読んでおくべき本」として、「土佐源氏」が入っていたりするのだ。 川の澱みに流れついたような人生を、なんの飾りもつけず淡々と語っているがゆえに、人にとって大切なことが静かに胸に迫ってくる、この素晴らしい口述記録や、小説の名作がずらりと並んだラインナップを眺めていると、まるで、そそりたつ壮大な雪の峰々を眼前に見ているような気もちになる。 人はこういうものを創りだせる生き物なのだと、子どものときに知ることができるほど幸せなことは、そうはあるまい。 先人は、たとえようもなく大きく、手ごわい。そう感じた子は、きっと、己が踏み出していく世界を、どこまでも広いと思えるはずだから。
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小川洋子さん
「ああ、これを、
子供の頃の私に読ませたかった」
と、つい独り言をつぶやいてしまう本と出会うことが、時にある。そう思わせてくれる本は、どれも例外なく素晴らしい。
小鹿のようにやせっぽちで、黒々とした濁りのない瞳を持っていた遠い昔の自分に、もしこの本を届けられたら……。
きっと私は、そんな幸福な想像に浸りながら、アンソロジーのページをめくることになるだろう。